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2009年05月04日

御前崎灯台に「喜びも悲しみも幾歳月」の歌碑が建立された

5/3夕方の静岡ローカルテレビニュースで、「御前崎灯台まつり2009初日の今日、『喜びも悲しみも幾歳月』の歌碑が建立され、除幕式をおこなった。(御前崎灯台まつり2009は5日まで開催)」と映像を交えた報道があったです。ニュース映像を見た限りでは2小節分だけが石に刻まれていたような。作詞・作曲者の木下忠司さんの名はハッキリ読み取れました。

昭和32年(1957年)、松竹作品、木下恵介監督、の「喜びも悲しみも幾年月」で、灯台守として全国の灯台を転勤した主人公夫婦(佐田啓二・高峰秀子)が太平洋戦争の終戦を迎えた時代の灯台設定となった御前崎灯台
松竹オンライン:喜びも悲しみも幾年月

『喜びも悲しみも幾歳月』映画ポスター小画像

↑テーマソングと併せて日本中で大ヒットした映画、「喜びも悲しみも幾年月」の当時のポスターです。(コチラのwikipediaでは別のポスター2種類を見ることが出来ます。それもクリックすると画像が少し拡大。(”よろこび”の漢字が”七”が三つ、今は見かけないが”喜”がもっと画数の多い複雑な漢字だったのでポスターデザイン的に、一般に使われていた簡体字を使ったものと思われる。)

で、記憶にある人は歌を聴いてみたいもの..探したらありました。

1.喜びも悲しみも幾歳月  若山彰 コロムビア合唱団 ←youtubeですが、音声だけです。

2.歌詞はこのページにありましたから、1.を聴きながら 2.を見て、歌ってください。
追記:あるんですね、全部で5番まで。

御前崎灯台以外で、ロケの対象となった灯台をご存知の方は、コメント付けてPRしてくださって結構ですよ。
併せて、歌碑またはロケ記念館が近くに有る無しの情報も添えていただければ有り難いですね。

参考:
・喜びも悲しみも幾歳月(1986) - goo 映画  ・喜びも悲しみも幾歳月-blowinthewind.netでは、伊豆南端の石廊崎が主役だったそうです。ちなみに俳優:加藤剛は御前崎出身だそうで、何かの縁を感じますね。
posted by イチマサ at 01:48| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
お早うございます。
今朝の静岡新聞の西部圏ワイドページで報道されてましたよ。
この灯台は完成後135周年を迎えたそうです。
この映画で御前崎灯台は全国に有名になり、来る人も増えたとか。

そうそう、作詞・作曲者の木下忠司さんは木下恵介監督の実弟だそうです。
Posted by まさる at 2009年05月04日 10:02
まさるさん、こんにちは。

新聞でも報道されていたですか。

>この灯台は完成後135周年を迎えたそうです<
まさに、灯台自身が「喜びも悲しみも幾年月」ですね。

>作詞・作曲者の木下忠司さんは木下恵介監督の実弟だそうです。<
別人かと思っていました。貴重な情報をありがとうございます。
一応、wikipediaで調べたら..
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%A8%E4%B8%8B%E5%BF%A0%E5%8F%B8
そうそうたる映画とかテレビドラマの作曲の方で活躍されたようでね。
歌謡曲ではないので、名前の知名度は(私的には)無かったのでお恥ずかしい次第。

木下恵介と言えば、引退してから実家のある浜松に帰って来て、浜松文芸館の館長にもなり、市民からの要望と、功績を顕彰したい市の考えが一致して、確か生存中に記念館が出来たような気がします。今まで浜松駅前にあったフォルテビル内に記念館があった時に二度ほど寄ったことがありますが

遠鉄百貨店・新館建設のために、フォルテビルを解体始まった
http://shiroi-tsubasa.seesaa.net/article/112202857.html
ので、どうなったのか?と心配していたですが、これを機会に調べてみたら..

浜松市/木下恵介記念館ページ
http://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/lifeindex/enjoy/culture_art/keisuke/

指定管理者、財団法人浜松市文化振興財団の木下恵介記念館ページ
http://www.hcf.or.jp/facilities/kinoshita.html
に休館を説明する記述があった
>現在、木下恵介記念館は移転のため休館中です。
開館については、詳細が決まり次第ご案内いたします。
開館予定:平成21年10月
移転先:浜松市中区栄町3番地の1(旧・浜松銀行協会会館)<
http://www1a.biglobe.ne.jp/h-machi/center/08ginkou/10ginkou.htm
ので良かったと思いました。

追記:wikipediaをじっくり読んだら、
>1948年(昭和23年)から晩年近くまで、神奈川県藤沢市辻堂熊の森に住んでいた。
1998年(平成10年)12月30日午前3時10分、脳梗塞のため東京都港区の自宅で死去、86歳だった。<
この部分で、「えっ」となった。
晩年はずっと浜松に住んで、浜松で死去とばかり思っていた私。浜松市からの委託公務は無かったの?ボランティア?東京から非常勤通いで役務?
その辺のところご存知の方のコメントお願いします。
Posted by まさる様/イチマサより at 2009年05月04日 14:33
初めまして、naburaです。御前崎市の旧・御前崎町地区に住んでいます。今日は雨なので、なぶら市場&岬方面に行く車が予想より少ない感じです。

歌碑のことをブログ記事に取り上げてくださってありがとうございます。これで更に御前崎の宣伝になります!

地域内の事前情報があったので、まつりの初日(午後に行ったので除幕式には参加せず)に行って歌碑を見てきました。灯台を建てた時に余って放置されていた石を台座にうまく利用したとかで、歴史的に由緒あるように作られたこともあり、自慢になります。

映画のロケがあった話は町の人から聞いていたので知ってましたが、監督の名前とか浜松出身だったとは今回初めて知ったです。浜松出身なので御前崎を映画に入れてくれたのかも?ですね。

木下恵介さんってwikipediaに巨匠とか書いてあるし、凄い人だったのですね。フォルテに記念館があること知らなかったので、移転後に開館したら行ってみたいです。
Posted by nabura at 2009年05月05日 14:09
初めまして! コメントありがとうございます。

>浜松出身なので御前崎を映画に入れてくれたのかも?ですね。<
仮の話以上に可能性が濃厚ですよ。だって松竹オンラインのリンクを開いたページの資料によれば、監督だけでなく、原作から脚本までスーパーマン的に一手に担当していたので、自分で好きなように話を作れたワケですからね。

記念館がフォルテに有った時にライブラリービデオを安く(100円だったかな?)備品のプレーヤーとディスプレイで視聴できるシステムがあった(但し、私は実利用体験無し)ので、新しい記念館でもそれを引き継いでくれれば、その映画を見ることが可能になりますね。
Posted by nabura様/イチマサより at 2009年05月05日 23:32
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